「自分が、そう判断した」と言える場所

大病院を離れて得たものは、大きな何かではない。
「自分が、そう判断した」と言える立場だ。

目次

「もったいない」と言われた日

大病院を離れることを相談したとき、
ほとんど全員が同じ反応を示した。

もったいない。

指導医がいる。
設備も整っている。
症例数も豊富だ。
なぜ、そこを離れるのか。

その問いに、私はうまく答えられなかった。
理由が言葉になっていなかったからではない。
言葉にすると、あまりにも地味だったからだ。

違和感は、いつも小さな問いだった

病院に勤務していた頃、
私の中には違和感が積み重なっていた。

なぜ、この患者さんは入院しなければならないのか。
なぜ、この説明で本当に十分なのか。
なぜ、「念のため」という一言で、思考が止まってしまうのか。

どれも小さな問いだ。
医療の大きな課題を語る言葉ではない。

だが、その問いを現場で正面から扱える場所が、
私にはなかった。

忙しさの中で、違和感に気づいても、
深く考えないまま通り過ぎる。
それは仕方のないことだと、
自分に言い聞かせてきた部分もある。

組織の中では、判断が分散される

組織の中にいると、判断は自然に分散していく。

入院の方針には、病棟の運用がある。
説明の仕方には、先輩から受け継いだ型がある。
手術の手順には、指導医の流儀がある。

それは悪いことではない。
むしろ、若い医師が一人で潰れないための、
大切な仕組みだったと今も思う。

私自身、その仕組みに何度も守られてきた。

だが年月が経つにつれて、
その中で何かが静かに変わっていった。

「正しい」ではなく「問題が起きない」を選んでいた

ある時期から、私の判断の基準がずれていることに気づいた。

これが正しいと思っている判断ではなく、
これなら問題が起きないという判断を選ぶようになっていた。

両者は、外から見れば同じ結論になることも多い。
だから、ずれていても気づきにくい。

気づいたとき、私はずいぶん長い間、
自分の判断を組織の判断に預けてきたのだと感じた。

誰かに強制されたわけではない。
預けたほうが、明らかに楽だっただけだ。

自分の足で帰っていく患者さんを見て

あるとき、日帰り手術を行っているクリニックを訪れた。

そこで見たのは、
手術を終えて自分の足で歩き、帰宅していく患者さんの姿だった。

入院という形そのものが安全を担保している。
私の中にあったその前提が、静かに崩れた。

同時に、もう一つのことが見えた。

そこで行われていた判断は、
病院のルールだからでも、前例があるからでもなかった。

この患者さんにとって、これが最善だから。
その理由の上に、はっきりと立っていた。

判断の重さと、その清潔さに私は驚いた。
そして、羨ましいと感じた。

開業して最初に取り組んだこと

開業を決めたのは、何かを劇的に変えたかったからではない。
あの小さな問いに向き合える場所を、
自分でつくるしかないと気づいたからだ。

そして実際に開業してから最初に取り組んだことは、
特別なことではなかった。

派手な仕組みをつくったわけでも、
制度を変えたわけでもない。

説明の時間を、意識して確保する。
なぜこの選択なのかを、一人ひとりに言葉で伝える。
日帰りで対応できるかどうかを、一人ずつ丁寧に検討する。

外から見れば、それだけかと思われるかもしれない。
だが現場では、確かな変化があった。

変わったのはただ一つ、
すべての判断を自分で引き受ける立場になったということだ。

判断を引き受けるとは、言い訳を手放すこと

判断を引き受けるということは、
言い訳を手放すことだ。

病院の方針だから、はもう使えない。
前例がないから、も理由にならない。
制度上そうなっているから、で思考を止めることもできない。

その代わりに、
何かが起きれば、その判断は自分のものとして返ってくる。

ピーター・F・ドラッカーは、
意思決定は「何が正しいか」から考えるべきだと述べている。
受け入れられやすい答えから入れば、判断はそこで終わってしまう。

外科の現場でも、同じことが起きる。

説明が足りなければ、その場で伝わる。
判断が甘ければ、結果に表れる。
逃げ場がない。

だが逃げ場がない分、
自分の医療がどこで歪むのかが、以前より見えやすくなった。

失ったものと、得たもの

もったいないと言ってくれた人たちは、間違っていなかった。

大病院には、確かに失うものがあった。

組織の安心。
判断を分散させる仕組み。
自分だけのせいではない、という余白。

それらを手放して私が得たものは、
より大きな何かではない。

ただ、自分がそう判断したと言える立場だ。

小さいと言われれば、そうかもしれない。
だが私にとっては、これがすべての土台になっている。

まとめ

医療を良くしたいという気持ちは、今もある。
だが開業を決めた瞬間に頭にあったのは、もっとシンプルなことだった。

目の前の患者さんに、もっと誠実な判断をしたい。

その気持ちを、言い訳なく形にできる場所が必要だった。

医療を変えることと、目の前の一人に誠実であること。
私にとって、その二つは同じ方向を向いている。

そして経営とは、
その判断を続けられる状態をつくり、保ち続けることなのだと思っている。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

この記事を書いた人

松下 公治のアバター 松下 公治 ヘルニア外科医

医療法人博文会 理事長・埼玉外科クリニック 院長
内視鏡外科技術認定医(ヘルニア)
鼠径ヘルニア手術2,500件超・日帰り手術6,000件超
腹腔鏡による鼠径ヘルニア日帰り手術の質向上に取り組む

プロフィール詳細

目次