失敗を人の問題として終わらせず、仕組みを見直す材料として扱う。
それが、開業してから現場を少しずつ変えてきた。
変化は、いつも地味な顔をしていた
開業してから経験してきた変化の多くは、
とても地味なものだった。
説明の順番を少し入れ替える。
判断の優先順位を見直す。
術後フォローの内容を変える。
外から見れば、
成功とも失敗とも呼びにくい調整だ。
だが振り返ると、
現場を確実に動かしてきたのは、
こうした小さな修正の積み重ねだった。
医療は「大きな一手」で変わるのか
医療を変えるという話になると、
大きな成功や画期的な取り組みが語られがちだ。
新しい制度。
革新的な技術。
注目を集めるモデル。
私自身、開業前はそうした変化を思い描いていた部分がある。
日帰り手術という形そのものが、
一つの大きな一手だと考えていたからだ。
だが現場に立ち続けるうちに、
考えは少しずつ変わっていった。
仕組みをつくった日は、始まりにすぎない。
その仕組みが実際に機能するかどうかは、
日々の小さな試行錯誤で決まる。
医療は、一度の決断で変わるものではなかった。
小さな成功とは何か
小さな成功とは、
目標を達成した瞬間のことではない。
前より上手くいった。
無理が減った。
説明が通じた。
そうした感覚が、
現場で静かに共有されることだ。
患者さんが納得して帰っていく。
スタッフが迷わずに動ける。
判断を振り返る余地が残っている。
どれも数字にはなりにくい。
評価の対象にもなりにくい。
だが現場にとっては、
これ以上の成果はないと、今は思っている。
失敗は、どこで止まってしまうのか
一方で、小さな失敗も必ず起きる。
想定より説明に時間がかかった。
術後のフォローが足りなかった。
患者さんの生活背景の読みが甘かった。
問題は、失敗そのものよりも、
その扱い方にある。
隠す。
なかったことにする。
担当者の不注意として片づける。
こうすれば、その場は収まる。
だが同じ失敗は、形を変えて必ず戻ってくる。
人を入れ替えても、
仕組みが同じなら結果も同じだからだ。
「誰が」ではなく「どこで」を問う
そこで私は、
失敗を「設計のヒント」として扱うことにした。
問うのは、誰が間違えたかではない。
どこでズレが生じたのか。
何を前提にしていたのか。
その前提は、今も正しいのか。
たとえば、術後の注意点がうまく伝わっていなかったとする。
説明したスタッフの力量を問うのは簡単だ。
だが見直すべきは、
説明の順番かもしれない。
渡している資料かもしれない。
説明するタイミングかもしれない。
責任を追及するのではなく、構造を見直す。
この視点に立つと、
失敗は責められるものから、
次の改善の材料へと変わる。
そして、失敗を口にした人が責められない現場では、
失敗が表に出てくるようになる。
改善は、そこから始まる。
変えないこともリスクである
医療の現場では、
失敗に対する恐れがとても強い。
人の命と身体を扱う仕事である以上、
それは当然のことだ。
だがその恐れが、
改善そのものを止めてしまうことがある。
変えなければ、失敗しない。
この考え方は、
現状維持を自然に選ばせる。
しかし、現状維持もまた一つの選択であり、
一つのリスクだ。
変えないことで守られる安全と、
変えないことで積み重なる歪みは、
同時に存在している。
後者は目に見えにくい。
だからこそ、気づいたときには
大きくなっていることが多い。
共有されない経験は、現場の知見にならない
小さな成功も失敗も、
一人の中にとどまっている限り、
現場を変える力にはならない。
言葉にする。
皆で振り返る。
次にどうするかを決める。
このプロセスを経て、
経験は個人のものから、
現場の知見へと変わる。
だが、この共有が実は難しい。
忙しさの中で、
語りやすい成功だけが拾われ、
扱いにくい失敗は見送られていく。
小さすぎるから。
評価につながらないから。
言葉にしづらいから。
そうして取りこぼされたものの中にこそ、
改善のヒントが眠っている。
修正し続けられる構造の強さ
開業して最も実感したのは、
大きな改革よりも、
修正し続けられる構造の方が、
はるかに強いということだった。
一度決めたら変えられない仕組みは、
現場を守っているようで、
実は現場を縛っている。
小さく試す。
うまくいかなければ戻す。
うまくいけば、少し広げる。
この柔軟さがある現場は、
想定外の変化にも耐えられる。
そしてその柔軟さを支えているのは、
失敗を次の設計のヒントとして扱える文化だ。
経営者として医療を考えるようになってから、
この感覚はさらに重みを増している。
成功を急げば、現場が疲弊する。
失敗を恐れすぎれば、何も始まらない。
その間で、小さな試行錯誤を続けられるかどうか。
それが、医療を前に進める力だと思っている。
まとめ
医療は、一度で完成するものではない。
小さな成功と失敗を重ねながら、
少しずつ形を変えていく。
失敗を人の問題として終わらせない。
仕組みを見直す材料として扱う。
その経験を言葉にして、皆で共有する。
派手ではない。
評価もされにくい。
誰にも気づかれないことも多い。
それでも、
現場で積み重ねられた変化だけが、
医療を確実に前へ動かしていく。
その地味な積み重ねを手放さずにいることが、
外科医として、経営者として、
私が今も続けている仕事の一つだ。
