外科医である私でも、自分の執刀医を確信をもって選べるとは限らない。
判断に必要な情報が、外科医にとってさえ十分に公開されていないからだ。
私はこれまで、外科医として多くの手術を執刀してきた。
では、自分が手術を受ける側になったら、誰に任せるだろうか。
同じ病気を扱う外科医でも、経験と技術には差がある。
自分の体を預けるなら、その手術に熟練した外科医に頼みたい。
問題は、それを何で見分けるかだ。
今回は、自分が患者になったときに何を確かめるのか。
そして、その判断がなぜ難しいのかを考えてみたい。
まず見るのは、その手術の執刀経験
最初に確かめたいのは、受けようとしている手術を、その外科医が何例執刀してきたかだ。
手術は教科書どおりには進まない。
解剖は一人ひとり違い、予想外の癒着や出血にも出会う。
経験を重ねた外科医は、そうした場面をすでに何度も越えてきている。
その引き出しの多さが、手術の落ち着きにつながる。
一般論として、10例より100例、100例より1,000例の経験を持つ外科医のほうが、その手術に熟練している可能性は高い。
ただし、経験数が多ければ必ず上手いというわけでもない。
経験数は重要な手がかりだが、それだけで技術は測れない。
学会発表と論文は、関心の向きを映す
次に見るのは、学会発表や論文だ。
何をテーマに発表しているかを見れば、その外科医が何を専門とし、何に力を入れているかが分かる。
鼠径ヘルニアの手術を受けるなら、鼠径ヘルニアについて継続して発表している外科医に目が向く。
発表や論文には、自分の手術を振り返り、数字にまとめ、他者の批判にさらす作業が欠かせない。
その積み重ねは、分野への向き合い方そのものだ。
もちろん、研究の力と手術の腕は別物である。
論文が多いことは、手術が上手いことの証明にはならない。
それでも、その外科医が何に力を注いできたのかは、確かめておきたい。
本当に知りたいのは、手術そのもの
外科医として最も信頼できる材料は、実際の手術だ。
組織の扱い方、剥離の進め方、出血したときの対処。
手術を見れば、その外科医の技術と考え方がおおよそ分かる。
私が見たいのは、派手な手技ではない。
同じ手順を、淡々と無駄なく積み重ねているかどうかだ。
上手な手術は、見ていて驚くところが少ない。
直接の見学は難しくても、外科医向けの教育サイトなどで手術動画が公開されていれば、私はそれも参考にする。
ただ、これは外科医だからできる方法だ。
患者さんが動画を見て技術を見極めるのは、現実には難しい。
資格と肩書は、どこまで当てになるか
専門医資格も確認する。
外科専門医や消化器外科専門医は、一定の研修と経験を積んだことを示す資格だ。
なかでも私が重視するのは、実際の手術の審査を伴う資格である。
日本内視鏡外科学会の技術認定医は、手術動画による技術審査を経て認定される。
受験を目指す医師の指導に関わってきたなかで、その審査の厳しさは毎回感じている。
それでも、資格があれば必ず上手く、なければ劣るというものではない。
あくまで判断材料の一つだ。
一方、教授や部長といった肩書は、それほど重視しない。
肩書は、研究や教育、組織運営で果たしてきた役割を示すものだ。
特定の手術にどれだけ熟練しているかとは、別の物差しである。
病院の件数は、執刀医の経験ではない
ここで、大きな壁に突き当たる。
個々の外科医の経験や技術についての情報は、ほとんど公開されていない。
病院のホームページには、医師の顔写真や役職、資格が並ぶ。
しかし、その医師が何例を執刀してきたかまで載っていることは少ない。
近年は、病院ごとの手術件数を調べられるようになった。
これは患者さんにとって意味のある情報だ。
ただ、病院の件数と、自分を執刀する外科医の経験は同じではない。
年間1,000例の病院に10人の外科医がいれば、一人ひとりの経験はまったく違う。
これは、病院の側に問題があるという話ではない。
教育を担う病院では、若い外科医が指導医のもとで執刀する。
それは次の世代の外科医を育てるために欠かせない仕組みだ。
私自身も、そうして育ててもらった。
外来で会う医師が、執刀するとは限らない
もう一つ、患者さんからは見えにくい現実がある。
外来で診察し、手術を勧めた医師が、そのまま執刀するとは限らないことだ。
病院では、外来を担当する医師と手術を担当する医師が分かれていることが多い。
手術当日に、初めて執刀医と顔を合わせることもある。
多くの患者さんを診るための分業であり、それ自体が悪いわけではない。
ただ、患者さんは外来で説明を聞き、その医師を信頼して手術を決める。
その信頼の相手と、実際に手術をする相手が違うことがある。
「誰に執刀してもらうか」を選ぶ以前に、誰が執刀するのかが見えていない。
外科医には見えて、患者さんには見えないもの
レストランを選ぶとき、私たちは写真やメニュー、価格、口コミを見る。
初めての店でも、ある程度の見当をつけて選べる。
期待と違えば、次は別の店に行けばいい。
手術には、その「次」がない。
それなのに、選ぶための情報はレストランよりはるかに少ない。
外科医である私は、まだ恵まれている。
論文を読み、動画を見て、同業者の評判を聞くこともできる。
患者さんには、そのどれもが手に入りにくい。
口コミという手段もある。
ただ、医療の質は満足度だけでは測れず、口コミには個人の主観が混じる。
それでも患者の立場なら、実際に受けた人の声を聞きたいと思うのは自然なことだ。
医療者と患者、どちらに立つかで答えが変わる難しい問題である。
外来から執刀までを、同じ医師が担う
選ぶための情報が少なく、誰が執刀するのかも見えにくい。
私は以前から、この状況を少しでも変えられないかと考えてきた。
そこでまず、自分自身が外来主治医と執刀医を一致させようと考えた。
外来で診察し、説明し、手術を決めた医師が、そのまま執刀する。
クリニックを始めた理由の一つは、ここにある。
一致していれば、患者さんは執刀する本人に直接質問できる。
外来で説明したことと、手術室で行うことが一本の線でつながる。
説明した本人が、手術の結果まで引き受けることになる。
そのうえで、ホームページには執刀経験と、学会発表・論文のタイトルまでを載せている。
YouTubeでは、現在の鼠径ヘルニア手術の動画も公開している。
一本の動画で技術のすべてが分かるわけではない。
それでも、どのような手術をしているのかは伝えられる。
公開することは、自分に責任を課すことでもある。
載せた数字や動画に見合う手術を、毎回続けなければならない。
すべての医師が同じようにすべきだとは思わない。
大きな病院には、分業だからこそ担える医療がある。
これは、自ら執刀するクリニックを開いた外科医だからこそ選べたやり方だ。
信頼することと、選ぶことは矛盾しない
患者さんの側にも、できることはある。
外来で「この手術は、どなたが執刀されますか」と尋ねることだ。
そして執刀する医師に、その手術の経験数を聞いてみる。
経験数の質問は、目の前の医師が執刀医であってはじめて意味を持つ。
ただ、診察室でこれを口にするには勇気がいる。
失礼ではないか、信頼していないと思われないか、と気にする人も多いと思う。
自分の体を預ける相手について尋ねるのは、失礼なことではない。
むしろ、きちんと答えられる準備をしておくべきなのは、医師の側だ。
信頼して任せることと、情報を得て自分で選ぶことは、相反しない。
自分で調べて納得したからこそ、安心して任せられる。
まとめ
自分の手術を誰かに任せるなら、私はまず執刀経験を確かめ、学会発表や論文から専門性を調べ、できれば手術動画を見て決める。
しかし、それは外科医だから取れる方法だ。
その外科医でさえ、必要な情報を十分に得られるとは限らない。
「どの病院で受けるか」だけでなく、「誰に執刀してもらうか」を患者さん自身が選べる医療。
その出発点は、手術を決める前に、誰が執刀するのかが分かることだと思う。
私はまず自分のクリニックで、外来で会う医師と執刀する医師を一致させることから始めた。
これからも、選ぶための材料となる自分の経験を公開していく。
