術式はどう選ぶのか|腹腔鏡か鼠径部切開か、外科医が迷う場面

術式を決めるとき、問うべきは自分の得意ではない。
目の前の患者さんにとって、何が望ましいかだ。

目次

手術の判断は、術式を決めるところから始まる

手術の判断は、手術室に入ってから始まるのではない。
最初の大きな判断は、外来で術式を決めるときに下される。

どの方法で治すのか。
どんな麻酔で行うのか。
日帰りか、入院か。

ここで選んだ道の上に、手術室でのすべての判断が積み重なっていく。
だから私は、術式を決める時間を、手術と同じくらい大切にしている。

腹腔鏡と鼠径部切開、二つの道

鼠径ヘルニアの手術には、大きく分けて二つの方法がある。

一つは、お腹に小さな穴をあけ、カメラで内側から治す腹腔鏡手術。
もう一つは、足の付け根を切開し、外側から治す鼠径部切開法だ。

どちらも確立した方法で、それぞれに特徴がある。
腹腔鏡手術は傷が小さく、左右両側を同じ傷から治すことができる。
鼠径部切開法は、局所麻酔や脊椎麻酔など、全身麻酔以外の方法も選べる。

どちらが正しい、という話ではない。
その人に合うのはどちらか、という話だ。

私がTAPP法を中心にしてきた理由

私は、腹腔鏡手術の中でも、TAPP法を中心に行っている。
鼠径部切開法も執刀してきたうえで、この方法に落ち着いた。

外科医として、開腹手術から腹腔鏡手術まで、さまざまな手術を経験してきた。
その積み重ねの先で、鼠径ヘルニアの多くの患者さんには、この方法が合うと考えるようになった。

理由は、患者さんの術後の回復が早く、患者さんにとってのメリットが多いと考えているからだ。
術後の痛みや生活への影響を、できるだけ小さくすること。
それは、日帰り手術を続けるうえでも欠かせない条件だった。

ただし、これは私が診る多くの患者さんにとっての話だ。
すべての人に当てはまるわけではない。

腹腔鏡を選ばない場面がある

腹腔鏡を選ばない場面もある。
代表的なのは、前立腺の手術を受けたことがある人だ。

以前の手術の影響が、腹腔鏡で処置する場所に残っている。
その場合は、腹腔鏡でもできるが合併症のリスクが高くなるので、鼠径部切開法のほうが望ましい。

腹腔鏡手術を希望して受診する人にとって、別の方法を勧められるのは意外かもしれない。
それでも、望ましいと考える方法を、理由とともに伝える。
希望に沿うことと、その人にとって望ましい方法を選ぶことは、いつも同じとは限らないからだ。

得意な方法があることと、それを誰にでも当てはめることは違う。
腹腔鏡を中心にしているからこそ、腹腔鏡を選ばない理由は、はっきりさせておきたい。

日帰りでできても、入院を勧めることがある

全身麻酔が難しい方などは、入院手術ができる医療機関へ紹介している。

ここで、書いておきたいことがある。
紹介するのは、当院で日帰り手術ができないからとは限らない。

日帰り手術はできる。
それでも、入院して手術を受けたほうが望ましいと判断する人がいる。
その場合も、そう判断した理由を率直に説明して、紹介している。

「できる」ことと、「すべき」ことは違う。
日帰りで手術ができるかどうかと、日帰りで手術をするべきかどうかは、別の問いだ。

日帰り手術を専門にしている以上、日帰りを選びたくなる気持ちは、どこかにあるのかもしれない。
だからこそ、自分の都合ではなく、その人にとっての望ましさで判断したい。

選ばなかった方法も、紹介する理由も、言葉にして伝える。
それが、手術を引き受ける者の説明責任だと思っている。

手術してみなければ、わからないこともある

術式は、術前に得られる情報で決める。
しかし、実際に手術してみなければわからないことも、たくさんある。

たとえば、お腹の手術を受けたことがある人の、腹腔内の癒着だ。
癒着がひどい場合は、鼠径部切開法のほうが望ましいことがある。
ところが、その程度は術前にははっきりしない。

診察や検査を尽くしても、見えないものは残る。
この不確かさは、なくすことができない。

癒着だけではない。
ヘルニアの大きさ、組織の強さ、体格。
手術中に目の前の所見を見て、初めてわかることがある。
術式を決めたあとも、判断は手術室の中で続いていく。

だから、術前の判断は、わかっていることだけで組み立てるものではないと考えている。
わからないことがある前提で選び、その不確かさも含めて説明するべきだと思う。

「術者が習熟した方法」という言葉の重さ

鼠径部ヘルニアの診療ガイドラインには、術者が習熟した手術方法を推奨する、という考え方がある。

慣れた方法で手術をすることは、安全につながる。
これは、手術に携わる者として実感していることだ。

一方で、この言葉には危うさもある。
自分の得意な方法が、いつの間にか、誰にとっても標準になってしまうことだ。

習熟した方法を持つことと、その方法を選ばない判断ができること。
この二つは、両立させなければならない。
得意な方法があるからこそ、それを選ばない判断にも責任を持ちたい。

まとめ

術式を決めることは、手術の最初の判断だ。
腹腔鏡か、鼠径部切開か。
日帰りか、入院か。

私はTAPP法を中心に手術を行っている。
それでも、前立腺の手術後のように、腹腔鏡を選ばない場面がある。
日帰りでできても、入院を勧めることがある。
そして、手術してみなければわからないことも残る。

術式を選ぶとき、問うべきは自分の得意ではない。
目の前の患者さんにとって、何が望ましいかだ。

その答えを、選ばなかった道も含めて、率直に伝えていきたい。

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この記事を書いた人

松下 公治のアバター 松下 公治 ヘルニア外科医

医療法人博文会理事長・埼玉外科クリニック院長
内視鏡外科技術認定医(ヘルニア)
執刀5,500件以上(うち鼠径ヘルニア2,500件以上)
外科医と経営者の両面から、日帰り手術のあり方を問い続ける

プロフィール詳細

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