外科医の技術は標準化される。だが、判断は残る

技術がどれほど標準化されても、判断は最後まで人間に残る。
これからの外科医は、その判断を引き受ける存在だ。

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外科医になると決めたとき、私の中にあった像

外科医になると決めたとき、
私の中に一つの像があった。

手術室に立つ。
メスを握る。
患者さんを治す。

それが外科医だと思っていた。

消化器外科医として修練を積み、
やがて鼠径ヘルニアの腹腔鏡手術に軸足を移した。
その間も、この像は揺らがなかった。

今も、根本は変わっていない。
だが、外科医という役割そのものは、
気づかないうちに少しずつ変わり始めている。

手術は個人技からチームの技へ

技術は標準化されている。
手技は映像で共有され、
手順は言葉と数値で整理されるようになった。

手術そのものも、
一人の技量で完結するものではなくなりつつある。
麻酔科医、看護師、臨床工学技士。
それぞれが役割を担い、チームとして手術をつくる。

一人の名医がすべてを背負う時代は、
終わりに近づいている。

かつて外科医の価値は、
どれだけ難しい手術ができるかに集約されていた。
技術と経験。
その二つが外科医の核だった。

核であることは、今も変わらない。
だが、それだけでは足りなくなっている。

技術が均されたあとに問われるもの

では、何が変わったのか。

技術が均されていく中で、
外科医に求められているのは
判断の質だと私は感じている。

切るか、切らないか。
今か、待つか。
どこまで介入するか。

この判断は、ガイドラインだけでは決めきれない。

患者さんの生活。
価値観。
年齢や家族の事情。

それらを踏まえて、
この人にとって、今、何が最善かを見極める。

その力こそ、
これからの外科医に残る最も重要な役割だと考えている。

仕事は「切る前」と「切った後」に広がる

外科医の仕事は、
手術室の外に大きく広がっている。

説明。
調整。
術後のフォロー。
チームとの連携。

そこで問われるのは、
手技の巧拙よりも、判断を言語化する力だ。

なぜこの選択肢を示したのか。
どこまでが医療として譲れない線で、
どこからを患者さんの価値観に委ねるのか。

技術と現実の両方を踏まえて、
それを語れること。

これからの外科医の姿は、
そこに近づいていくと私は見ている。

「外科医がすべてを決める」を手放す

変わる役割の中で、何を手放すのか。

一つは、
外科医がすべてを決めるという前提だ。

かつての外科医は、
情報を握り、判断を一人で抱え、
「任せてください」の一言で医療を完結させてきた。

その時代は、もう終わっている。

患者さんは自ら情報を得て、
選択肢を求め、
自分の生活を起点に医療を選ぼうとしている。

外科医がすべてを決めることは、
もはや信頼の証ではない。
患者さんから判断の機会を奪うことにもなりうる。

忙しさは美徳ではない

もう一つ、手放すべきものがある。
忙しさを引き受けることが美徳だという感覚だ。

外科の担い手は減り、
求められる役割は増えている。

その中で、
忙しさを個人の努力で乗り切り続ければ、
医療はいずれ続かなくなる。

忙しさは、設計の問題として扱う。
判断をチームに分散させ、
一人に集中する構造を変える。

それは外科医が弱くなることではない。
医療を続けられる形に整えることだ。

現場の違和感を言葉にする

では、何を残すのか。

手術の技術は、言うまでもない。
だが、それ以上に残したいものがある。

現場の違和感を、言葉にする力だ。

外科医は医療の最前線に立ち、
結果の責任を引き受ける。
同時に、医療の非効率や制度の歪みを
最も強く体感する立場でもある。

だからこそ、
現場の声を言語化できる。

その言葉が医療の設計を変え、
制度を動かし、
次の世代の医療をつくる力になる。

判断から逃げない

そして最後に残すべきは、
判断から逃げないという姿勢だ。

技術が標準化され、
AIが診断を支え、
仕組みが整っても、
判断そのものは消えない。

どこまで介入するか。
何を優先するか。
患者さんの人生に、どう関わるか。

その判断は、
どれほど制度が整っても、人間が引き受けるしかない。

外科医は、その最前線に立ち続ける。

私が手放したもの、残したもの

外科医であり、経営者でもある立場に立ったとき、
この問いは他人事ではなかった。

私が手放したものは二つある。

すべてを自分で決めるという安心。
忙しさに耐えることが誠実だという思い込み。

残したものも二つある。

手術室に立ち、判断を引き受ける姿勢。
現場の違和感を言葉にし続ける責任。

どちらも、一度決めて終わる選択ではなかった。
日々の小さな判断の中で、
今も選び直し続けている。

まとめ

外科医の役割が変わるとき、
何を手放し、何を残すのか。

その問いに、一つの正解はない。

技術を極める人もいる。
教育に軸足を置く人もいる。
運営や設計に関わる人もいる。

外科医はこうあるべきだと、
一つの型にはめる必要はない。

ただ、確かに言えることがある。

技術が標準化されても、判断は残る。
これからの外科医は、
判断から逃げられない存在になる。

その重さをどう引き受けるか。
そこで、外科医の姿は分かれていく。

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この記事を書いた人

松下 公治のアバター 松下 公治 ヘルニア外科医

医療法人博文会 理事長・埼玉外科クリニック 院長
内視鏡外科技術認定医(ヘルニア)
鼠径ヘルニア手術2,500件超・日帰り手術6,000件超
腹腔鏡による鼠径ヘルニア日帰り手術の質向上に取り組む

プロフィール詳細

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