外科医の判断と経営者の判断が、ぶつかる瞬間

外科医の判断と経営者の判断は、どちらも正しいまま、ぶつかる。
その矛盾から目を背けないことが、両方を担う者の仕事だと私は考えている。

目次

手術室を出ても、判断は切り替わらない

手術室を出た直後に、経営会議が始まることがある。

腹腔鏡を置き、数字の資料を手に取る。
その瞬間、何かが切り替わる感覚がある。

だが正直に言えば、完全には切り替わらない。

手術室での判断が、まだ頭に残っている。
あの剥離は、もう少し丁寧にできたのではないか。
あの患者さんの術後経過は、どうなっているだろうか。

その感覚を抱えたまま、経営の言語に移らなければならない。

この切り替えの難しさは、単に忙しさの問題ではない。
二つの判断は、そもそも性質が違うのだ。

外科医の判断には手応えがある

外科医として、私はこれまで無数の判断をしてきた。

手術をするか、しないか。
どの術式を選ぶか。
今動くべきか、待つべきか。

それらの判断は、常に目の前の患者さんを中心に行われる。
時間軸は短い。
結果も比較的はっきりしている。

病状は良くなったか。
合併症は起きなかったか。
回復は順調か。

判断と結果が、一本の線でつながっている。
外科医の判断には、手応えがある。

経営の判断は、答えが遅れてやってくる

開業して経営者になってから、まったく異なる種類の判断に向き合うようになった。

この体制を続けられるか。
人を増やすべきか。
今、資金を投じるべきか。
どこで無理が生じているか。

こうした判断は、正解が見えるまでに時間がかかる。
ときには結果が出ないまま、判断だけが残る。

手応えがないまま、次の判断に進まなければならない。
外科医の判断とは、質がまったく違う。

なぜ二つの判断は噛み合わないのか

理由は、使っている言語が違うことにある。

外科医の判断は、医学の言語で語られる。
成功率、合併症、根拠、標準治療。

経営者の判断は、構造の言語で語られる。
持続性、再現性、余力、撤退ライン。

同じ「正しい」という言葉でも、指しているものが違う。
外科医にとっての正しさは、医学的に妥当かどうかだ。
経営者にとっての正しさは、その判断が全体を保ちながら続けられるかどうかだ。

言葉が違えば、議論はすれ違う。
それは組織の中だけの話ではない。
一人の人間の中でも、同じことが起きる。

善意と善意がぶつかるとき

衝突が起きるのは、どちらかが間違っているからではない。

外科医は、目の前の患者さんを守ろうとしている。
経営者は、医療そのものを続けられる形に保とうとしている。

どちらも、それぞれに誠実だ。
だからこそ、ぶつかる。

悪意と善意の対立なら、話は単純だ。
しかし善意と善意がずれるとき、その衝突は解決しにくい。

批判しにくい。
妥協しにくい。
どちらかを切り捨てることもできない。

説明の時間をめぐる、ひとつの場面

具体的な場面を一つ挙げる。

外科医として、この患者さんにはもっと時間をかけた説明が必要だと判断する。
その判断は正しい。

だが経営者として見ると、その時間は次の患者さんの診察を圧迫する。
スタッフの予定にも影響する。
一日の体制が崩れていく。

どちらかを選べば、どちらかが歪む。

その場に、決まった答えはない。
その都度、どこで折り合いをつけるかを判断するしかない。

そして、その判断を下すのも私自身だ。
誰かに委ねて済む問題ではない。

取り返しのつかなさは、対称ではない

さらに厄介なことがある。
二つの判断の「取り返しのつかなさ」が、対称ではないのだ。

外科医の判断は、結果が比較的早く、明確に現れる。
良くも悪くも、判断と結果の距離は短い。

経営者の判断は違う。
その影響は、すぐには現れない。

数か月後、あるいは数年後。
現場から余裕が消えるという形で、姿を変えて現れる。

しかもそのとき、それがどの判断の結果なのかは、誰の目にもはっきりとは見えない。

外科医の判断は、誤ればすぐに分かる。
経営者の判断は、誤っても気づかないまま積み重なっていく。

経営に関わる医師にとって、この非対称を知っておくことは大切だと思う。
手術と同じ感覚で経営の判断を評価すると、見誤るからだ。

どちらも正しいという前提に立つ

開業してから、私は何度もこの二つの判断の間で戸惑ってきた。

外科医として正しい判断が、経営者としては無理を生むことがある。
経営的に合理的な判断が、外科医としては割り切れないこともある。

どちらが正しいのか。
その問いに、私は今、答えを出そうとしていない。

むしろ、どちらも正しいという前提に立つようになった。

正しいが、同時には成立しにくい。
その矛盾を、誰かが引き受けなければならない。

外科医の正しさだけを追えば、医療は続かなくなる。
経営者の正しさだけを追えば、医療は意味を失う。

その間に立ち続けること。
それが、外科医であり経営者でもある私に課せられた仕事だと、今は思っている。

まとめ

二つの判断を同時に引き受けることは、楽ではない。

迷いが増える。
孤独になる。
はっきりしない判断を、抱え続けることになる。

それでも、どちらか一方に逃げることはできない。

手術室を出て、経営会議に向かう。
二つの判断は、今日もぶつかるだろう。

完全に解決することはない。
どちらかが正しいと決着がつくこともない。

それでも、その衝突から目を背けないこと。
それが、判断を引き受けるということの最初の一歩なのだと思う。

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この記事を書いた人

松下 公治のアバター 松下 公治 ヘルニア外科医

医療法人博文会 理事長・埼玉外科クリニック 院長
内視鏡外科技術認定医(ヘルニア)
鼠径ヘルニア手術2,500件超・日帰り手術6,000件超
腹腔鏡による鼠径ヘルニア日帰り手術の質向上に取り組む

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