手術の合併症が起きたとき、外科医は何を考えるか|数字の裏にいる一人の患者

確率は、多くの手術をまとめて見たときの数字だ。
けれど、合併症が起きた一人にとって、それは確率ではなく現実になる。

目次

「数パーセント」は、その人にとっては起きるか起きないかだ

手術の前に、合併症の説明をする。
どんな合併症があり、どのくらいの頻度で起こるのか。
私は、できるだけ数字を交えて伝えている。

数パーセント、あるいはそれ以下。
数字だけを見れば、多くの人には起こらないことだ。

しかし、患者さん一人ひとりにとって、合併症は「数パーセント」では起こらない。
起きるか、起きないか。
そのどちらかしかない。

起きた人にとって、それは確率の話ではなくなる。
自分の体に起きた、ただ一つの出来事になる。

外科医は、たくさんの手術を数字でまとめて見ている。
患者さんは、自分の一回の手術を生きている。
同じ合併症を見ていても、立っている場所が違う。

合併症は、いつも術前の説明の中にあった

手術を前に不安を感じるのは、自然なことだ。
その不安を打ち消すのではなく、具体的な情報で支えたいと思っている。

だから術前の説明では、二つのことを同時に伝えるようにしている。

一つは、どんな合併症が、どのくらいの頻度で起こりうるのかという見通し。
もう一つは、頻度が低くても、起こる可能性はあるということだ。

どちらか一方だけなら、話すのは難しくない。
安心だけを伝えれば、患者さんは楽になる。
危険ばかりを並べれば、説明した側は安心できる。
けれど、そのどちらも、患者さんが判断するための説明にはならない。

合併症が起きた場合には、必要に応じて救急病院と連携して対応することも伝えている。
起きたときにどうするかまでが、説明の一部だと考えているからだ。

起きたとき、最初に考えること

合併症が起きたとき、最初に考えるのは、患者さんの安全だ。

クリニックで対応できることは何か。
救急病院にお願いすべきことは何か。
今、この患者さんにとって最適な対応は何か。

それを考え、すぐに行動に移す。
原因を考えるのは、その後でいい。

当院は入院設備を持たないクリニックだ。
だからこそ、自分たちでできることと、できないことの線を、あらかじめはっきりさせておく必要がある。
その線を越えるときに迷わないことも、安全の一部だと思う。

「確率どおり」と言いたくなるとき

合併症には、十分に注意して手術をしていても、一定の確率で起こりうるものがある。
ただし、実際に起きたときは、その経過を一つひとつ丁寧に振り返る。
避けられなかったものかどうかは、振り返ったあとでなければわからない。

合併症が起きたとき、患者さんが説明や対応に疑問や不安を抱くのは、自然なことだと思う。
外科医を続けてきて、そのことを何度も感じてきた。

手順どおりに手術をしていても、結果として、患者さんにつらい思いをさせてしまうことがある。
それは、大変申し訳なく、とてもつらい。

そんなとき、「確率どおりのことが起きた」と考えたくなる自分がいる。
説明はした。
手順どおりに手術をした。
それは、事実としては正しいのかもしれない。

ただ、その言葉は、患者さんの気持ちを置き去りにする。
起きた人にとって、確率はなんの慰めにもならない。
「想定内」という言葉は、外科医の心を守るためのものであって、患者さんのためのものではない。

説明は、起きる前と起きた後で意味が変わる

術前の説明と、合併症が起きた後の説明は、同じ内容でも意味がまったく違う。

起きる前の説明は、判断のための材料だ。
起きた後の説明は、患者さんの不安と向き合うための対話になる。

「あのとき説明しました」で終わらせてはいけないと思っている。
何が起きたのか。
なぜ起きたのか。
これから、どうなっていくのか。

術前に説明を受けていても、実際に起きた後の不安は、それとは別のものだ。
だからこそ、起きた後にも、改めて一つひとつ丁寧に言葉にして伝えていくしかない。

説明を尽くしても、つらい思いがなくなるわけではない。
それでも、説明を尽くさなければ、信頼を取り戻す入口にも立てない。

自分の手術を振り返るということ

当院では、小さなことでも、一例一例を振り返っている。

なぜ起きたのか。
防ぐ方法はなかったのか。
次に同じ状況になったら、何を変えるか。

答えが出ないこともある。
それでも、振り返ることをやめない。

一例ごとの改善は、小さなものだ。
けれど、その積み重ねが安全性を高め、よりよい診療につながっていくと考えている。

そして、合併症は起きるものだという前提で、日々の準備をしている。
器材や物品も含め、起きたときにすぐ動ける状態を整えておく。
起きないことを願うだけでは、患者さんを守れないからだ。

数字を公開するのは、一人を忘れないため

当院では、合併症の割合を含めた手術成績を公開している。

数字を公開すれば、合併症があることも明らかになる。
それでも隠さずに示すことが、クリニックとしての誠実さだと思っている。

どんな人が執刀し、どんな手術をしていて、どんな成績なのか。
それを示すことは、患者さんが当院を理解し、選ぶための材料になる。

ただ、私にとって、その数字は単なる成績ではない。
一つひとつの数字の裏には、一人の患者さんがいる。
その一人を忘れないために、数字を記録し続け、公開し続けているのだと思う。

目の前の一人を支え、次の一人に返す

起きてしまった合併症を、なかったことにはできない。

まずすべきことは、目の前の患者さんの治療と回復を支えることだ。
必要であれば連携する病院とも連絡を取りながら、回復するまで経過を見届ける。
そのうえで、経過を振り返り、次の診療に生かす。

振り返って改善したことは、次の患者さんの手術に返っていく。
説明の言葉を見直したことも、次の患者さんとの対話に返っていく。

合併症をゼロにすることはできない。
それでも、ゼロに近づけようと努力し続けることはできる。
そして、起きたときに誠実に向き合うことはできる。

それが、手術を引き受ける者の責任だと考えている。

まとめ

合併症は、確率で語られる。
けれど、起きた一人にとって、それは確率ではない。

起きたとき、まず考えるのは患者さんの安全だ。
そして、回復を支えながら、起きた後こそ丁寧に説明する。
「確率どおり」という言葉では終わらせない。

一例一例を振り返り、改善を積み重ねる。
起きることを前提に、準備を整えておく。
数字を公開し、その裏にいる一人を忘れない。

数字を見ながら、一人を見る。
その両方を手放さないことが、外科医の仕事なのだと思う。

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この記事を書いた人

松下 公治のアバター 松下 公治 ヘルニア外科医

医療法人博文会理事長・埼玉外科クリニック院長
内視鏡外科技術認定医(ヘルニア)
執刀5,500件以上(うち鼠径ヘルニア2,500件以上)
外科医と経営者の両面から、日帰り手術のあり方を問い続ける

プロフィール詳細

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