「一意専心、日々精進」。
掲げた言葉ではない。毎日を繰り返すうちに、それが自分の軸だったと気づいた。
掲げた言葉ではなく、気づいた言葉
大切にしている言葉を聞かれて、すぐに答えられる人がいる。
私はそうではなかった。
誰かに教わった言葉でもない。
節目に誓いを立てたわけでもない。
ただ、同じ手術を毎日繰り返してきた。
振り返ったとき、その日々を言い表す言葉が、一意専心、日々精進だった。
順番が逆なのだと思う。
言葉が先にあって、それに従って生きてきたのではない。
生き方が先にあって、あとから言葉が追いついた。
一つのことに心を定めるということ
一意専心とは、ほかに心を向けず、一つのことに集中することをいう。
日々精進は、毎日努力を重ねることだ。
どちらも、ありふれた言葉である。
学校の標語にもなりそうな言葉だ。
それでも、実際にやり続けるのは難しい。
一つに絞るには、ほかを手放す覚悟がいる。
毎日続けるには、昨日と同じ今日に意味を見出す必要がある。
消化器外科医が、ヘルニアに絞った理由
私は消化器外科医として育った。
2004年に医学部を卒業し、いくつかの病院で研鑽を積んだ。
がんの手術、ICUでの重症管理。
抗がん剤治療や内視鏡治療、カテーテル治療にも携わった。
外科医として、幅広く経験できる環境だった。
その中で、鼠径ヘルニアの手術に惹かれていった。
鼠径ヘルニアは、ありふれた病気だ。
手術も、若手が早い時期に任されることの多い手術である。
しかし突き詰めるほど、奥が深かった。
2015年、腹腔鏡ヘルニアセンター長を任された。
2017年からは日帰り手術にも取り組むようになった。
気づけば、軸足はヘルニアに移っていた。
絞ることは、捨てることでもあった
開腹、腹腔鏡、ロボット。
私はそのすべての手術を執刀してきた。
消化器外科医として、できることはたくさんあった。
それを一つに絞ることには、迷いもあった。
外科医としての幅を、自分から狭めることになる。
周囲から見れば、もったいない選択に映ったかもしれない。
それでも、絞った。
すべてをそこそこにこなすより、一つを深く極めたかった。
今思えば、これが一意専心の始まりだった。
当時の私に、その自覚はなかった。
同じ手術を、毎日繰り返す
鼠径ヘルニアの手術は、術式としては定型的だ。
手順は決まっている。
それでも、同じ手術は一つとしてない。
体格も、組織の状態も、患者さんごとに違う。
同じ患者さんはいないのだから、同じ手術もない。
前日の手術を振り返り、翌日の手術に生かす。
その繰り返しを、何年も続けてきた。
手術の執刀は5,000件以上。
そのうち鼠径ヘルニアは2,500件を超えた。
数字を誇りたいのではない。
一件一件の積み重ねが、いつの間にかこの数になっていた。
日々精進とは、たぶんそういうことだ。
繰り返しの先で、軸に気づいた
繰り返しの最中には、軸は見えない。
目の前の一件に集中しているからだ。
ある時ふと、自分の歩みを振り返った。
迷ったとき、何を基準に選んできたか。
何を手放し、何を残してきたか。
そこに一貫したものがあった。
一つに心を定めること。
それを毎日続けること。
意識して選んできたつもりはない。
ただ、選択の積み重ねが、一本の線になっていた。
軸とは、掲げるものではなく、気づくものなのかもしれない。
教えることで見えたもの
私は、内視鏡外科技術認定医を目指す医師に手術を指導してきた。
教えるには、自分のやっていることを言葉にしなければならない。
なぜこの角度なのか。
なぜこの順番なのか。
言葉にしてみると、自分でも曖昧だった部分が見えてくる。
教えることが、そのまま自分の精進になった。
一つのことを深く続けてきたからこそ、伝えられるものがある。
そう感じられたことも、自分の軸を自覚する助けになった。
経営者になっても、軸は変わらなかった
2022年に埼玉外科クリニックを開院した。
2024年には医療法人博文会を設立した。
外科医であると同時に、経営者になった。
立場は変わったが、軸は変わらなかった。
クリニックは、鼠径ヘルニアの日帰り手術に専門を絞っている。
これも一意専心の延長線上にある。
専門を絞ると、判断が速くなる。
何をやるか以上に、何をやらないかが明確になるからだ。
スタッフにとっても、目指す方向が分かりやすい。
経営もまた、日々精進である。
毎日の小さな改善を積み重ねるしかない。
手術と同じだ。
精進の敵は、慣れである
同じことを繰り返していると、慣れが生まれる。
慣れは、技術を安定させる。
同時に、注意を鈍らせる。
件数を重ねるほど、この危うさを感じる。
昨日うまくいったことが、今日もうまくいくとは限らない。
だから、毎回を初めての手術のつもりで臨む。
言うのは簡単だが、続けるのは難しい。
精進とは、慣れに抗い続けることでもある。
まとめ
「一意専心、日々精進」。
この言葉を掲げて生きてきたわけではない。
一つのことに心を定め、毎日を繰り返してきた。
振り返ったとき、それが自分の軸だったと気づいた。
外科医として手術に向き合うときも、経営者として判断を下すときも、この軸は変わらない。
軸は、最初から見えているものではない。
繰り返しの先で、ようやく見えてくるものなのだと思う。
明日もまた、目の前の一件に向き合う。
