何でもできることは、選ばれる理由にはならなかった。
立ち位置を決めて初めて、自分にしかできないことが見えてきた。
「何でもできる外科医」でいようとしていた
勤務医として働いていた頃、
私は何でもできる外科医でいようとしていた。
消化器も、乳腺も、ヘルニアも。
救急も、内視鏡も、カテーテルも。
幅広くできることが、医師としての価値だと思っていた。
だが、ある時期から気づき始めた。
何でもできる、は、
何も突出していない、と紙一重だ。
選ばれる理由が、見えない
経営の言葉に、ポジショニングというものがある。
市場の中で、自分がどこに立つかを決めること。
誰に、何を、どのように届けるのかを明確にすることだ。
立ち位置が曖昧な組織は、
ほかでもいい、と思われる。
選ばれる理由が、見えないからだ。
人の仕事も、同じだと思う。
自分でなければならない理由が見えないとき、
人は、代わりのきく存在として扱われる。
一番になれる場所は、なかった
では、立ち位置をどう決めるか。
最初に考えたのは、一番になれる場所を探すことだった。
だが、すぐに気づいた。
一つの技術や知識で日本一になることは、
ほとんどの人にとって現実的ではない。
腹腔鏡手術の技術で日本一か、と問われれば、上には上がいる。
経営者としての実力で日本一か、と問われても、答えは同じだ。
一つの軸で頂点を目指す限り、
自分の立ち位置は見つからなかった。
掛け合わせた場所に、立ち位置がある
そこで行き着いたのが、掛け合わせという発想だ。
一つの軸で突出するのではない。
複数の経験や視点を組み合わせることで、ほかにない場所が生まれる。
鼠径ヘルニアの日帰り手術についての知識。
腹腔鏡によるヘルニア手術の技術。
医療法人の経営者としての視点。
それぞれ単体で見れば、上には上がいる。
だが、この三つを同時に持つ人は、多くはないと思う。
掛け合わせは、足し算ではない。
かけ算だ。
組み合わさることで、
それぞれ単体の何倍もの固有性が生まれる。
簡単には、真似できない力
掛け合わせによって生まれる中核の力を、
経営の言葉では、コアコンピタンスと呼ぶ。
単なる技術の寄せ集めではない。
長い時間をかけた経験と、選択の積み重ねから生まれる力だ。
だから、一朝一夕には作れない。
そして、一朝一夕には真似もされない。
作るのに時間がかかるからこそ、
それは本当の強みになる。
代わりがきかない、ということ
経営では、ほかでは得られないものを届けられることを、
競争優位性と呼ぶ。
価格の安さも、その一つではある。
だが、それは消耗戦になりやすい。
本当の優位性は、代わりがきかないことにある。
ここでなければ得られない。
この人でなければならない。
そう感じてもらえる理由を、意図して作ること。
それが、差別化の本質だと思う。
そしてその理由は、飛び抜けた才能からだけでなく、
複数の経験と視点の掛け合わせからも生まれる。
絞ることで、深くなる
ヘルニアの日帰り手術に軸足を置くと決めたとき、
周囲から、幅が狭くならないか、と言われた。
何でも診られる外科医のほうが、喜ばれるのではないか、と。
だが、私は逆だと考えた。
絞ることで、深くなる。
深くなることで、信頼が生まれる。
信頼が生まれることで、遠くからでも訪ねてもらえるようになる。
幅広く診る外科医には、幅広く診る外科医の価値がある。
私が選んだのは、深く掘るほうだった。
それだけのことだと思っている。
自分の輪郭を、正直に見る
人生の立ち位置も、同じだと思う。
どんな仕事でもします。
何でも対応できます。
これらは一見、謙虚で協調性があるように見える。
だが同時に、選ばれる理由を自分から消している。
自分が最も力を発揮できる場所はどこか。
自分の経験の組み合わせが、最も価値を持つ文脈はどこか。
それを見極めることが、人生のポジショニングだ。
立ち位置を決めるのは、怖いことでもある。
これ以外はやらない、と言えば、多くの可能性を手放すように感じる。
だが実際には、逆だった。
立ち位置が明確になるほど、
あなたでなければ、と言ってくれる人が現れ始める。
まとめ
何でもできます、をやめた日、
私は初めて、自分にしかできないことを考え始めた。
それは、謙遜を手放すことではなかった。
自分の輪郭を、正直に見ることだった。
今、私は外科医であり、ヘルニアを専門とし、経営者でもある。
どれか一つを選べと言われたら、
私よりふさわしい人は、きっといる。
だが、三つが重なる場所には、
私にしかできないことがある。
立ち位置を決めることは、自分を売り込むことではない。
自分が最も貢献できる場所を、自分のために明確にすることだ。
