今を楽しめるのは、準備を重ねてきたからだ。
手術室で、余計なことが消える
手術室に入ると、余計なことを考えなくなる。
昨日のこと、明日のこと。
クリニックの経営のこと。
まだ解決していない問題のこと。
そうしたものが、すっと消える。
目の前の患者さん、今の所見、次の手技。
それだけが、世界になる。
長い間、これを集中力の話だと思っていた。
だが今は、違う見方をしている。
あれは、今を生きている状態なのだと思う。
過去にも、未来にも、いない
過去に生きている人がいる。
あの頃は良かった。
あの判断が間違いだった。
もっと早くやっておけばよかった。
過去の成功を繰り返し思い出し、
過去の失敗を繰り返し悔やむ。
未来に生きている人もいる。
いつかこうなれば。
準備ができたら動く。
定年後にやりたいことがある。
意識はいつも先にあり、
今この瞬間は、通過点にすぎなくなっている。
どちらにも、共通していることがある。
今ここに、いないということだ。
今を生きることは、刹那的に生きることではない
今を生きるとは、刹那的に生きることではない。
計画を捨てることでも、将来を諦めることでもない。
むしろ逆だと思っている。
自分を知る。
立ち位置と、進む方向を定める。
限られた時間とエネルギーの使い道を決める。
小さく動き、失敗から学ぶ。
そうした積み重ねがあって初めて、
今この瞬間に集中できる状態が生まれる。
準備のないまま今を生きようとしても、不安と後悔が邪魔をする。
方向が定まらないまま今を楽しもうとしても、
これでいいのか、という問いが頭を離れない。
準備があるから、今に集中できる
手術室で余計なことを考えずにいられるのは、
術前に十分な準備をしているからだ。
患者さんの状態を把握する。
手技を頭の中でなぞる。
起こりうることを想定し、備えておく。
その準備があるから、
手術が始まった瞬間に、今だけに集中できる。
準備が足りないまま手術室に入れば、
これで合っているのか、という迷いが、ずっとついて回る。
人生も、同じ構造をしていると思う。
「またやれる」という感覚
準備を重ねることで、もう一つの変化が生まれる。
自分にはこれができる、という感覚だ。
これを、自己効力感という。
自信とは少し違う。
根拠のない楽観でもない。
小さく試し、失敗から学び、修正を重ねてきた。
その積み重ねが、またやれる、という確かな感覚に変わっていく。
この感覚が育つと、不安が邪魔をする時間が減る。
今この瞬間に集中できる時間が、増えていく。
手術室で感じるあの静けさも、
技術だけでなく、この感覚に支えられているのだと思う。
楽しんでいるとき、仕事の質は上がる
楽しむ、という言葉を、
私は長い間、軽いものとして扱っていた。
仕事は、楽しむものではなく、全うするものだと思っていた。
だが、あるとき気づいた。
楽しんでいるとき、私は最も良い仕事をしている。
手術を面白いと感じるとき、所見を見る目が鋭くなる。
経営の問題を面白いと感じるとき、解決策を探す発想が豊かになる。
楽しむことは、質を下げない。
むしろ、上げる。
楽しむことは、設計できる
楽しむには、条件がある。
これをやっている意味がある、という感覚だ。
意味を感じられない仕事を楽しむのは難しい。
方向の定まらない行動を楽しむのも難しい。
だが、自分のミッションとつながっている仕事は、
苦しい局面でも、意味を感じられる。
意味を感じられるとき、人は粘れる。
そして、粘った先に、楽しさが生まれることがある。
今、楽しんでいるか。
そう自分に問うて、答えに詰まるなら、理由を見てみる。
方向が見えていないのか。
意味を感じられていないのか。
誰かの期待に応えることに、疲れているだけなのか。
その理由を正直に見ることが、次の一歩になる。
楽しむことは、偶然与えられるものではない。
設計できるものだと、今は思っている。
完成しないから、問い続ける
四十代に入り、私は以前より、今この瞬間を意識するようになった。
残りの時間を数え始めた、という後ろ向きの話ではない。
今ここにいる自分に、以前より正直になれた、ということだ。
何が好きで、何が苦手で、何をしているときに時間を忘れるのか。
その答えが少しずつ明確になり、
その答えに沿って動ける時間も、少しずつ増えてきた。
自分という組織を経営することに、完成はない。
自分は変わり続け、自分を取り巻く環境も変わり続ける。
だから、診断も、進む方向も、立ち位置も、更新し続けるしかない。
P.F.ドラッカーは『現代の経営』で、重要なのは正しい答えを見つけることではなく、正しい問いを探すことだと述べている。
自分に向ける問いも、同じだと思う。
答えが出て終わるのではなく、答えが更新されるたびに、問いは深まっていく。
まとめ
手術室で感じる、あの静かな集中。
余計なものが消えて、今ここだけが世界になる感覚。
それは、手術室の中だけのものではないと、今は思っている。
自分を知り、方向を持ち、意図を持って選んできた先に、
日常の中にも、あの感覚が生まれることがある。
その更新の作業そのものを楽しめるようになったとき、
人生の経営は、義務ではなく、自分への問いかけになる。
それが、私にとっての、今を生きるということであり、
今を楽しむということだ。
