強みも弱みも、内側と外側を分けて見なければ、正確には見えない。
「強みは何か」と聞かれて、詰まった
「あなたの強みは何ですか」
そう聞かれて、すぐに答えられる人は多くない。
私もそうだった。
外科医として、経営者として、
それなりの経験を積んできたはずだった。
それなのに、強みを言葉にしようとすると、
どこか借り物の言葉しか出てこない。
なぜだろう、と考えた。
自分に、SWOTを当てはめる
経営の世界に、SWOT分析という考え方がある。
強み、弱み、機会、脅威。
この四つで現状を整理し、事業の現在地と進む方向を見定める。
経営者として学んだとき、
これは自分自身にも当てはめられると気づいた。
ただし、そのためには、
一つのことを正確に理解しておく必要があった。
内側にあるものと、外側にあるものを、混同しないことだ。
内側にあるもの、外側にあるもの
内側にあるのは、自分の中に存在するものだ。
技術、経験、知識。
思考の癖、体力、感情の動き方。
自分がコントロールできる領域であり、
強みと弱みは、ここにある。
その最も深い層にあるのが、価値観だ。
技術や経験は、比較的見えやすい。
だが、自分が何を大切にしているかは、意識しなければ見えてこない。
そしてこの価値観が、
強みが活きる場面を左右し、弱みが表れる文脈を決めている。
外側にあるのは、自分の外で起きていることだ。
時代の変化、市場の動き、周囲の人間関係、社会の仕組み。
自分ではコントロールできないが、確実に影響を受けている。
機会と脅威は、ここにある。
混同すると、何が起きるか
この二つを混同すると、
「自分は人より劣っている」という結論に行き着きやすい。
あの人はできるのに、自分はできない。
だが、その「できない」は、本当に自分の内側の問題なのか。
環境が違うだけかもしれない。
時代が違うだけかもしれない。
与えられた役割が、そもそも合っていないだけかもしれない。
逆もある。
実力だと思っていたものが、
実は時代の追い風に乗っていただけだった、ということもある。
内側と外側を分けなければ、
強みも弱みも、正確には見えてこない。
症状と原因を、取り違えない
診療で判断を誤る原因の一つは、症状と原因を取り違えることだ。
痛みという症状だけを見て、
その原因がどこにあるのかを切り分けずに治療を決めれば、方向がずれる。
自己分析も、同じだと思う。
うまくいかない、という現象だけを見ない。
それが自分の内側の問題なのか、外側の環境の問題なのかを、丁寧に分ける。
その作業を省いた自己分析は、
診断のない治療と同じくらい危うい。
謙遜も、防衛も、診断を妨げる
内側をありのままに見るのは、思ったより難しい。
強みを見るとき、人は謙遜する。
大したことではない、と。
弱みを見るとき、人は防衛する。
状況が悪かっただけだ、と。
どちらも、正確な診断を妨げる。
強みを正直に言葉にすることは、自慢ではない。
弱みを正直に認めることは、敗北ではない。
どちらも、次の判断のための材料だ。
強みは、文脈の中にある
経営を通じて、自分の内側を整理していったとき、
いくつかのことが見えてきた。
腹腔鏡手術の技術は、私の強みだ。
だが、外側の環境が変われば、その価値も変わりうる。
経営判断の経験も、積み重なってきた。
だが、それが活きるのは、特定の文脈に限られるかもしれない。
正直に見ると、絶対的な強みなど、実は多くない。
だが、この文脈では確かに強い、というものは必ずある。
強みとは、突出した才能のことではないと思う。
自分が自然にやっていて、
ほかの人にとっては簡単ではないこと。
それを、自分の言葉で言えるかどうかだ。
外側の意味は、内側が決める
外側を正直に見ることも、また難しい。
変化を脅威と見るか、機会と見るか。
それは、内側と照らし合わせて、初めて判断できる。
AIの普及は、脅威なのか。
外科の技術に求められるものが変わることは、危機なのか。
内側に何を持っているかによって、
同じ外側の変化でも、意味はまったく変わる。
だから、内側と外側は、分けて見たうえで、重ねて見る必要がある。
まとめ
自分の強みと弱みを正直に見るとは、
内側と外側を丁寧に分けたうえで、内側にあるものを客観的に評価することだ。
それは、一度やれば終わるものではない。
外側は変わり続け、
それに伴って、内側にあるものの意味も変わる。
経営者が節目ごとに事業を見直すように、
自分についても、節目ごとに内側と外側を見直す。
「強みは何か」と聞かれたとき、
自分は何と比べて答えようとしているのか。
それを確かめることが、診断の出発点になる。
強みが、借り物ではなく自分の言葉になっているか。
その答えは、これからも更新され続ける。
