すべてを抱えていた頃、何も深まらなかった。
捨てることを選んで、初めて深さが生まれた。
忙しいのに、前に進んでいない
予定は埋まっている。
やることはある。
毎日、動いている。
それなのに、一年後に振り返ると、
この一年で何が変わったのか、と首をかしげる。
忙しいのに、前に進んでいない。
私にも、そういう時期があった。
すべての資源には、限りがある
経営を学んで、最初に意識が変わったのが、
リソースという考え方だった。
リソースとは、経営に使える資源のことだ。
お金、人材、時間、設備。
事業を動かすために必要なものは、すべてリソースであり、
そのすべてに限りがある。
経営者の仕事の多くは、
この限られたリソースを、どこに配分するかを決めることだ。
これを自分の人生に当てはめたとき、見え方が変わった。
最も希少なのは、時間とエネルギーと注意力
個人にとって、最も重要なリソースは何か。
お金だと思っていた時期がある。
だが、経営を続けるうちに、違うと感じるようになった。
最も希少で、取り戻せないのは、
時間と、エネルギーと、注意力だ。
お金は、失っても取り戻せる可能性がある。
だが、時間は戻らない。
エネルギーは、消耗すれば判断が鈍る。
注意力は、分散すれば何も深く見えなくなる。
これらを、どこに使うか。
その選択が、仕事の質も、人生の質も決めている。
「なんとなく」の配分が、余力を奪う
問題は、多くの場合、その配分を「なんとなく」決めていることだ。
求められるから対応する。
断れないから引き受ける。
以前からやっているから続ける。
気づかないうちに、
時間とエネルギーの大半が、
重要ではないが急ぎのことや、重要でも急ぎでもないが断れないことに吸い取られていく。
残るのは、本当に重要なことに使える、わずかな余力だけだ。
手術室は、配分の連続だ
手術には、使える時間がある。
限られた時間の中で、
切るべきところを切り、
縫うべきところを縫い、
確かめるべきところを確かめる。
優先順位を誤れば、手術はうまく完結しない。
外科医は毎日、
限られた時間の中で、リソースを配分している。
この感覚を、人生にも持ち込めないか、と考えた。
三年後から、逆算する
一年では、短すぎる。
十年では、遠すぎる。
行動と方向をつなぐには、三年という時間軸がちょうどいいと感じている。
経営でいう、中期計画の考え方だ。
私が意識しているのは、三年後の自分から逆算することだ。
三年後に、どんな仕事をしていたいか。
どんな状態でいたいか。
それを具体的に描いたうえで、今年何をするかを決める。
今月何をするか、今日何をするかを決める。
この順番でなければ、今日の選択が未来とつながらない。
そして逆算すると、やるべきことだけでなく、
やめるべきことも見えてくる。
三年後の自分に必要のないものを、今の自分はどれだけ抱えているか。
それに気づいたとき、手放す判断がしやすくなる。
集中するとは、捨てることだ
経営では、これを選択と集中と呼ぶ。
すべてに均等にリソースを分けるのではなく、
重要なものに、意識して集中させる。
分散した力は、何も動かせない。
集中した力は、岩をも動かす。
だが、集中するとは、何かを捨てることだ。
それが、難しい。
あれも大事だ、これも必要だ、と感じる。
断ることへの罪悪感もある。
機会を逃す不安もある。
それでも、何もかもを抱えようとした先にあるのは、
すべてが中途半端なまま、時間だけが過ぎていく未来だ。
クリニックの経営でも、全部やろうとしていた頃は、何も深まらなかった。
ヘルニアに軸足を置くと決めて、初めて深さが生まれた。
そして、深さが信頼につながっていった。
捨てることで、得るものがあった。
配分は、回し続けるもの
リソースの配分は、一度決めれば終わりではない。
計画を立て、実行し、結果を確かめ、修正する。
経営でいうPDCAサイクルは、自分の時間の使い方にも、そのまま当てはまる。
先週の予定を、見返してみると分かる。
会議、対応、依頼、義務に使った時間。
自分が本当に重要だと思うことに使った時間。
その差が、今の自分の現在地だ。
責めるために見るのではない。
知るために見る。
知らなければ、変えられないからだ。
そして、今週、何か一つ手放せるものはないかを考える。
まとめ
時間とエネルギーを、本当に重要なことに使えているか。
この問いに、迷わず「はい」と答えられる人は、
それほど多くないと思う。
私も、まだ完全にはできていない。
だが、この問いを持っていることと、持っていないことでは、
一年後に、大きな差が生まれる。
なんとなく忙しい、ではなく、
意図を持って動いている。
その感覚を持てるようになるために、
私はこれからも、何を捨てるかを問い続けたい。
